幸福王子 全てはゼロサム

ゼロサム理論と幸福王子



王子が説くゼロサム理論は経済学の考え方で、勝者と敗者のプラスとマイナスを合わせるとゼロになるが、特に富や財産においてみると格差は極めて大きいということを示すものである。

王子は生前ゼロサム理論における勝者の立場におり何不自由なく自由に暮らしていたが、死んでから楽園の外を見るとそこには敗者の世界すなわち貧しい社会が広がっていることに気がつく。

王子は社会に蔓延る不均衡に憤り、それを少しでも良くするため「自分が考える良い事」を原理とし、貧しい者に自らの体に埋め込まれた宝石を与えることによって救済行為を行おうとする。




①王子が考える「救済行為」そのものが、ゼロサム理論上の勝者が考えるやり方であった


王子は富を分配することで貧しい者を救おうとしたが、それは持つ者である王子の施しによる解決案でしかない。

王子の行為からは問題の根本である「貧しい者たちが稼げない社会」の解決には至っておらず、結局貧しい者たちは一時しのぎの救済が効かなくなった後、搾取される立場に逆戻りすることになる。

つまり王子が貧しい者たちに宝石を分け与えたことは、「弱者に分け与えられるだけの富を持っていた王子の、一方的な価値観に基づく施し行為による自己満足」であると言える。

ツバメが指摘した通りゼロサム思考から抜け出せない王子は、独善的で自己中心的な考え方しか出来なかった。




②貧しい者たちに施しをした王子とそれを手伝ったツバメが最終的に終焉を迎えるのは、個人レベルに落とし込んだゼロサム理論の再現である


ゼロサム理論は「誰かの成功は誰かの失敗」という考え方である。誰かの犠牲の上に誰かの幸福は成り立っているのである。

お針子のおばさんにルビーを与えた王子は、柄に入っていた宝石を失う。
脚本家にサファイアの片目をあげた王子は、片目の視力を失う。
マッチ売りの少女にもう片方の目をあげた王子は、ついに両目の視力を失う。
物乞いや貧しい子供たちに自らの体をおおっていた金箔を与えた王子は、寒さを凌ぐ術と唯一無二の輝き、そして物語上の社会における芸術としての価値を失う。

さらに王子は自らの体を犠牲にするばかりではなく、その行為を手伝って貰っていたツバメをも失う。

このように王子はゼロサム理論における社会の不均衡を解消したいと考えていたにも関わらず、自らの価値の喪失とツバメの死という「犠牲」をもって他者を「幸福」にさせたに過ぎず、結局ゼロサム状態からは何ら逃れられていないのである。